富山のフラダンス講師・吉野和美さんは5年前の死別を乗り越えて新たなチャレンジを

吉野和美

マウイ島に本校があるフラダンス教室「ハーラウフラ・マーナイアカラニ・イヤパナ」富山校を主宰されている吉野和美さんは昭和44年生まれの54歳。

5年前にパートナー様を胃ガンで亡くされた経緯や、ご自身の乳房縮小手術、そしてこれからの目標を手記にまとめていただきましたので、ぜひご一読ください。

吉野和美

フラダンス講師
Halauhula.manaia.kalani.iapana富山校主宰 

トールペイント&ポーセラーツ講師『ペインティング うさぎ』主宰

大手企業フルタイム受付

娘2人シングルマザー

富山生まれの富山育ち

富山県富山市生まれできときとな富山育ちです。昭和44年(1969)生まれの54歳。
  
幼少期は恥ずかしがり屋さんでしたが運動神経は良かったように思います。

ピアノを習うのが楽しくて中学校では吹奏楽部で、クラリネット、コントラバスを担当しました。

高校に入って音楽とは全く別のテニス部に入部し、いつも真っ黒に日焼けした女の子でした。
それと同時に婦人警官になりたくて柔道を始めました。朝練は柔道部に行き、夕方はテニス部と3年間ほぼ休みなく、今で言う2刀流ですね。

柔道は、黒帯初段を取りました。でも残念ながら婦人警官になる事はできませんでした。

高校を卒業し、人前で話すことや歌うことが苦手な私が選んだのはバスガイドでした。

乗り物酔いもするのに、今でもなぜバスガイドになったのか自分でもわかりません笑

バブル期ということもあって毎日全国を飛び回っていました。

毎日お客様も違うので、今思えば色んな事が思い出されます。バスガイド物語でも書けそうです。

歌が嫌いなので歌わないガイドはバスを降りろと言われた事もありましたし、お客様をサービスエリアに置いて行ったこともありますし色んな思い出がたくさんあります。

添乗員の主人と知り合い24歳で結婚し、長女の出産を機に退職。

長女が幼稚園に入ってからは、トールペイントに出会い、私が師事するくまがいなおみ先生のトールペイントの資格を取りました。

ママ友が生徒さんとして来てくれたり、現在まで教室を続けています。

何度も辞めようかなとか思った事もありましたが継続は力なりだと思います。

その後は、白磁の食器などに転写シールを貼って焼き付けるポーセラーツの資格や、白磁ペイントの資格も取得。

親子活動や婦人会やイベントで体験会を開いたりしています。

人前で踊ったりするのも恥ずかしくてできないので、2人の娘にはクラッシックバレエを習わせて自分が踊っている気分で見守るのが本当に楽しくて楽しくて。

10年前、踊り音痴な私が何故かフラと出会いフラの魅力にハマってしまい、富山ではなく長野県の松本のお教室まで、片道3時間弱かけて日帰りでレッスンに通いました。

松本のメンバーは先生も皆さん良い方ばかりで、だから遠くても楽しくて楽しくて。今思えばすごい事だなと思います。

現在は大手企業の受付をフルタイムで働きながら、トールペイントやフラダンスの講師として活動しています。

夫が胃ガンで亡くなる

これまでの最大のピンチは、5年前に主人が亡くなった事です。

健康診断で再検査と言われていたのに忙しくて1年放置。1年後の健康診断で、病院から私にも来てくださいと連絡があり、『えっ?何? 怖い…』

主人の姉にも一緒に病院に行ってもらいました。3人の前で医者から告げられたのは、『胃ガンのステージ4です』と。

こんなに元気なのになぜ?

どこが癌なのか私には全く予期せぬ出来事で、なかなか信じる事もできず、『大丈夫!パパなら絶対に治るよ!私が優しくなったらもうダメって思って!』と絶対に治ると思わず言ってしまったのです。

なんてこと言っちゃったんだろうって、その後の入院生活では女優のように強気な女を演じないといけなくなり、パパの前では絶対に笑顔でした。

しかし病室から出た後は毎回涙があふれて止まらなかったです。余命は宣告されなかったので、最後まで治ると信じてました。

私が1番辛かった事は、子供にパパがガンであることを伝える事でした。

パパは、子供と母親には内緒にしてほしい必ず治るからと、特に長女は大学を卒業して働いたばかりなので心配かけたくないと。

私も子供に伝えるのは辛すぎるからずっと避けてましたが看護師さんと相談したら、長女さんはもう大人なんだから正直に言ってあげてくださいと言われました。

でも、自分より子供が悲しむ事がとても辛くてなかなか言い出せなかったです。次女には話してないけど一緒に暮らしていたので薄々は感じてたようです。

そして覚悟を決めて長女に電話でパパがガンであることを伝えました。

長女が電話で大泣きした事、本当に辛かったです。残念ながら主人は1年ほど抗がん剤治療を行いましたが、天国に旅立ってしまいました。

主人が亡くなった後、子供達の方がずっと大人で、『パパは、もう何をしても戻って来ないんだょ、前向いて行こう』って。

パパが病気になって吉野家で決めたルールがあります。それはどんなことがあっても絶対に笑顔でいること!これは最後まで家族でやり遂げたことです。

吉野家は笑顔は絶対なのです。笑 今も!これだけは譲れない。笑 

だから私たちの周りにはいつも素敵な人が集まってくるし楽しいし、皆さんに心からに感謝しています。

人生は一度きりとよく言われますが、主人が亡くなって本当に強く思いました。

子供達にも悔いがないように生きよう。何でもチャレンジして生きて行こうね!と言っています。

長女は結婚いたしましたが、同じフラダンスを東京でやってくれていますので、私のアシスタントもしてくれますし、もっともっと富山の方々にフラダンスを知ってもらいたいと思っています。

次女は高校3年生、新たな道を進む準備をしています。母娘3人でこれからも人生を楽しんでいきたいと思います。

フラダンスを富山でもっと広めていきたい

夢や目標は沢山ありすぎるのですが、フラダンスを富山でもっと広めていきたいと思っています。

キッズからシニアまで、女性も男性も。言葉では伝えきれないけど、曲に合わせて心から表現出来る素晴らしさ、そして生徒さん一人一人が持っているもの引き出してあげることが私の役目だと思っています。

私のように踊る事が苦手でも大丈夫だょと伝えたいですね。

乳房縮小手術、そしてBBJ挑戦

50s.online様からお話をいただいたタイミングで、私はちょうど1年前に乳房縮小手術を受けました。

何それ?って聞かれますが、なんと、おっぱいを小さくする手術です。片胸おはぎ1個分ずつのおっぱいを取りました。

周りからは勿体無いとか、そのおっぱい欲しいとか色々と言われるのですが、私にとっては大きな胸がコンプレックスだったのです。

胸が大きいと、
・可愛いブラジャーが少ない
・大きめな服を着るといつも妊婦に見られる
・肩こり、頭痛がひどい
・着る服がない
・男性からの視線が胸にくる
・胸が重すぎて走れない
・スポーツブラなど押さえつけられると息が苦しくてできない。
・身体のラインが出る服は恥ずかしい
・ブラトップが着れない
・出産すると胸が垂れる
・胸の下が汗でかぶれる
・シャツのボタンが閉まらない
 または開いてる

などなど数えきれないくらいのお悩みがあるのです。

もちろんフラのドレスも胸が入らなかったりと本当に大変でした。

胸を小さくする手術は海外では多いのですが、日本ではまだ少なくて情報量もあまりなくて、
手術するギリギリまで、これでいいのだろうか?とかなり悩みましたが、覚悟を決めて手術に望みました。

これからは、大きな胸で悩んでいる人がいたら、こういう選択肢もあるということを伝えていけたらと思います。きっと私のように悩んでる女性が結構いると思います。

私はようやくスポーツブラを着けても圧迫感や違和感がなくなり、本当に嬉しくて嬉しくてなりません。

そしてパーソナルジムに通ってベストボディ・ジャパン(BBJ)にチャレンジしてみようと思えるようになり、やっとスタートに立つことができました。

今までは胸が大きくて人前に出る事が出来なかったのですが、これからは自信をもって挑戦していきたいと思います。

こちらで発言したからには絶対に、優勝できるように頑張りたいと思います。


和美さん、お忙しい中ありがとうございました。

和美さんはご自身のSNSアカウントでも情報発信されていますので、こちらもぜひご参照ください。

「健康診断で再検査と言われたら放置してはいけない」

和美さんのお話から得た教訓を読者の皆さんに改めて強調させていただくとともに、これからも和美さんの動向に注目していきたいと思います。

マーナイア・カラニ・イヤパナ富山校

富山でフラをはじめるなら「マーナイア・カラニ・イヤパナ富山校」…


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